山梨 甲斐国守護の座をめぐる大混乱期ツー
小山城・谷戸城・明野サンフラワーフェス (2016/07/31)
シェルパちゃん エンジン掛からなくなり キャブのOH
ニードルジェットを上下させガソリンの量を調整するゴム部品を交換して元気に帰ってきました

いっぱい走りたい・・・でも 雨予報・・・そこで比較的天気よさそうな山梨方面へ行きます

300kmオーバー予定なので 早めの7時出発で 国道20をどんどん西へ
何だか凄くいい天気ですよ 雨降るのかな・・・って感じです

通り道二か所に像が有るようなので ちょっと寄り道
甲州市大和町初鹿野
「甲斐大和駅」
まず甲斐武田氏最後の当主武田勝頼の像が有ります
この北側の山間部が 甲斐武田氏二度の最後の地とされてます
甲州市勝沼町勝沼
「柏尾古戦場」
近藤勇率いる幕府軍と官軍が戦った場所で ここには近藤勇の像が有ります
ちょっとかわいい感じの近藤勇ですよ・・・

一度目の最後とされる上杉禅秀の乱で武田信満は山中で自刃
信満の弟穴山満春と信満の長男甲斐武田氏10代当主武田信重が残党狩りを恐れ高野山へ逃れ 甲斐国守護不在となりその座を狙い 武田信長 と 逸見氏 跡部氏などの権力争いが始まります

まず 混乱を乗り越え甲斐国守護の座に付いた武将の城址
笛吹市八代町高家
「小山城」室町時代 穴山氏 築城
まず 甲斐武田氏当主ではない穴山満春が武田信元と名乗り甲斐国守護の座に治まります
山林に石碑案内板 遺構が残ります
笛吹市石和町小石和
「武田信重館」室町時代 武田信重 築城
武田信元の死後 甲斐国守護の座は 武田信重 甲斐武田氏当主に戻りました
成就院に案内板 墓所が有りますが遺構は有りません
韮崎市穂坂町三之蔵
「日之出城」室町時代 武田信長 築城
武田信長は 信満の次男で甲斐に残り ここを拠点に戦ってました
後に房総半島に移り住み上総武田氏初代当主となり房総で活躍する武田時代を作ります
山林に石碑案内板が有り 遺構が残っているようですが はっきりしたものは見つけられませんでした
北杜市須玉町若神子
「若神子古城」築年不詳 武田氏 築城
通り道に有るのは知ってましたが 寄るのは無理かなと思いスルー予定でしたが・・・寄っちゃいました
広い「ふるさと公園」内に標柱案内板 遺構が残ってました

予定時間を大幅に過ぎてます・・・
次は 守護の地位を狙っていた逸見有直とは直接関係がない城と思われますが 逸見氏の城を二か所行きます
北杜市長坂町大八田
「深草城」1156年 逸見氏 築城
山林で藪藪な感じで 近づくルートを見つけられませんでした
遠望写真を撮ってスルーします
北杜市大泉町谷戸
「谷戸城」平安時代末期 逸見清光 築城
国指定史跡として 整備された山林に 遺構がたっぷり残ってます
逸見清光の次男が 武田初代当主の武田信義です

ちょっと寄り道 ひまわり畑です
北杜市明野町浅尾
「明野サンフラワーフェス」
何年ぶりかな・・・まだ少し早いようですが 南アルプス 八ケ岳を背景に出来る広大なひまわり畑ですよ・・・
早咲きのひまわりは満開でしたが 全体的には まだまだ早い感じでしたが 天気も良く大いに賑わってました・・・
茅ヶ岳広域農道
綺麗に富士山が見えてました・・・
甲府市山宮町
「山宮氏館」築年不詳 山宮信安 築城
山宮信安は 武田信長の弟で 共に戦いました
青松院で 館後の表示は有りますが 遺構は有りません
山梨市牧丘町西保下
「小田野城」築年築主不詳
信元補佐として守護代になり 守護の地位を狙っていた跡部明海・景家親子の居城
山城で遺構は有るようですが 時間的に登山は無理なので 山の写真パシャリでスルーして帰ります・・・

奥多摩経由で帰ろうかとも思いましたが 素直に国道20で帰ります・・・ 少々渋滞してます・・・
猿橋を超えた辺りから 路面が濡れてますよ 前方の雲がかなり怪しいです
相模湖辺りから雨がポツポツ・・・合羽を着ることに・・・
予想通り ゲリラ豪雨のような雨が高尾山辺りまで続きました・・・
その後は路面の濡れは薄くなり 自宅付近はドライ状態で 帰宅後も雨は降りませんでした
7時に出発 21時帰宅 14時間 361Kmの旅でした

夏が来て ゲリラ豪雨の季節ですね・・・カッパの出番が増えるのかな・・・

元気になったシェルパちゃん 燃費25km位になっていたのが 35km越えでした
それにしても リッター10kmも伸びるとは・・・確実に誤差範囲 走り方の違いでは無いですね
もう何年も前から燃費30kmなんて行かなかったので かなり前から キャブ不調だったようです・・・


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