山梨 甲斐武田氏ゆかりの史跡を訪ねるツー
武田史跡多数・新府城・躑躅ヶ崎館
 (2014/05/25)
久しぶりの山梨 ネットで調べると いっぱいある ゆかりの史跡 ということで 今日は (多くの甲斐武田氏史跡と信玄公の娘 松姫) 多くの寄り道ありなので 5時半出発です
国道20 西へ一気に韮崎市 県道17で最初の目的地到着
「新府城」(国史跡) 甲斐武田氏最後の城

登り口石碑 登山道は三つ

一般車通行禁止の林道

急階段参道

ジグザグ登り 乙女坂参道

まもなく本丸

藤武神社

鳥瞰図

本丸

本丸虎口

二の丸虎口

西三の丸

西三の丸虎口

東三の丸

大手門
織田軍が迫り 追い詰められた20代当主勝頼 完成間近の城に火をつけ 大月市の城に岩殿城を目指す
松姫も兄たちの姫君を連れて 別一行で東へ
今は「藤武神社」
当時は無かっただろう長い急階段参道を登り一気に本丸へ
遺構しっかり残ってます 本丸からの眺望 近くにある八ヶ岳霞んでて残念・・・
林道を下りながら 史跡確認
遺構を見て案内板になりますよ・・・林道を登って参道を下りる方が良かったようです・・・
「武田八幡宮」 甲斐武田氏の氏神
源清光の次男 勝千代がこの八幡宮で元服 武田太郎信義と名を改め 甲斐武田氏誕生
ここから「白山城」信義の詰城に登るルートがありますが 今回は山城登山はパスです
「武田信義館」(市史跡) 甲斐武田氏初代当主の居館
武田八幡宮からすぐ近くですが 少々迷って到着です
今は 農地の中の小さな庭園 木碑 案内板があるのみです
「願成寺」 武田信義墓所
本殿の建替えをやってました

県道6 東へ 甲州市 県道31 北へ
甲斐武田氏最盛期 武田信玄公時代の周辺の史跡
「躑躅ヶ崎館」(国史跡) 甲斐武田氏の居館

武田神社鳥瞰図

武田神社鳥居

中曲輪(武田神社本堂)

東曲輪(武田神社宝物殿)

鳥瞰図

大手門

大手石垣

中曲輪井戸

中曲輪井戸

中曲輪と西曲輪を繋ぐ土橋

西曲輪北門

右手前の山 要害山

西曲輪南門

水堀
今は「武田神社」土塁 水堀 石垣などが残ってます
北に「要害山城」詰城武田信玄公誕生之地が在りますが 今回は山城登山はパスです
「武田竜宝屋敷」 信玄公二男 盲目の武田竜宝の屋敷
竜宝子孫が 信玄公の血脈を唯一現在までを保っているそうです
今は墓所となってます
「土屋昌次屋敷」 信玄公側近 土屋昌次の屋敷
かなりの剣豪だったらしい
今は案内板のみ
「武田信玄公火葬塚」 信玄公墓所
信玄公の墓っていろんな所に在るみたいですが・・・
甲府といえば 立派な石垣や建物がある「甲府城」とも思いましたが 武田氏と関係無いのでパス 県道6 国道411 東へ
「石和館(川田館)」 信玄公の父信虎が 躑躅ヶ崎館に館を移す前三代の居館
今は農地で 案内板 回りを囲むようにある用水路が水堀跡かも・・・
「八田家御朱印屋敷」(県史跡) 武田信玄に仕えた蔵前奉行八田氏の居館
今は書院と石和陣屋の移設門があり 一部公園になってます
今も子孫さんが住んでいて 見学中優しく声をかけられました・・・

国道411 東へ
「海島寺」 元は栗原家の居館 武田家の有縁の姫君が尼僧

栗原家墓所

11代続いた尼僧の墓
信虎 信玄の伯母が 1代2代目で尼僧で11代続き12代目からは男性が住職に
松姫一行が一時滞在
県道303 北へ 山梨市
「連方屋敷」(県史跡) 信玄公に仕えて御蔵前衆を務めた古屋道忠に関連する屋敷
今は土塁 堀がしっかり残ってます 発掘調査中でした

北へ 塩山駅近く
「於曽屋敷」 信玄公の代に板垣権兵衛が継いだ屋敷
今は公園 子孫さん宅
土塁 水堀 移設された門 武田氏滅亡時に権兵衛が切腹の際に腰を掛けた「切腹石」がある

南へ
「勝沼氏館」(国史跡) 武田信虎の弟 勝沼信友氏の居館

北門

堀 土塁


南門
後を継いだ信元が 敵国と内通し信玄公に殺害されたそうです
今は公園整備され 遺構もしっかり残り 復元の門木橋などもありましたが 草ボーボーでした

国道20 東へ 県道218を北へ
甲斐武田氏終末
「棲雲寺(天目山)」甲斐武田氏二度の滅亡の地
室町幕府に追われた13代当主信満が山中で自害 一時断絶
信満の宝篋印塔やともに自害した家臣達の五輪塔があります
「土屋惣蔵片手切の石碑」 甲斐武田氏側近
勝頼の時間稼ぎをしたとされる
「景徳院」 勝頼の菩提所
織田政権に追われた20代当主勝頼が逃れようとした岩殿城の城主小山田信茂が投降 逃げ道が無くなり「棲雲寺」を目指すが山麓で自害 甲斐武田氏滅亡
武田勝頼 信勝 北条夫人の墓があります
松姫が通った道

岩殿城

和田峠
国道20と国道139に 勝頼が逃れようとした「岩殿城」が在りますが 下から眺めただけで 山城登山はパスです

ここから 織田軍から逃れる 信玄の娘 松姫編
松姫は 織田信長の嫡男 信忠と婚約してたのに 乱世ですね

国道139北へ行った所に 松姫がたどった道「松姫峠」があります 前々からこの名前気になってました

同じルート(松姫峠ー鶴峠ー和田峠)と思いましたが 松姫峠経由だとすごく遠回りなので 国道20で 県道521(陣馬街道)
遊びで通るには楽しいウネウネ道 幼い姫君たちを連れて まして当時は細い山道だっただろうから 大変でしたでしょう 和田峠を越えて 八王子市まで帰ってきました
「金照庵」 松姫が逃げ込んだ尼寺
ここで 兄たちの訃報を聞き 武田家が滅んだことを知る
そこへ婚約者織田信忠からの使者が来て 妻として迎えたい意向を聞き 信忠 に会いにいこうとしたが 本能寺の変で信忠討死の訃報を聞くことに・・・
今は廃寺となり 寺 関所 松姫などの石碑が並んで立ってます
「心源院」 松姫出家 信松尼と改名した寺院
国道20に出て 松姫通りを南へ行くと今日最後の目的地
「信松院」 信松尼の草庵 墓所
信松尼は 逃げ延びた家臣たちの心の支えになっていたようです
明るいうちに・・・と 最後ここまで来ましたが・・・17時閉門で 間に合わなかった・・・ざんねん・・・外から眺めただけです
でも 門の所に 松姫の像がありました
車載定間隔写真を繋ぎました
前車両などのナンバープレートアップになった物は 抜いてます
 5時半に出発 20時帰宅 14時間半 333Kmの旅でした

欲張り過ぎでしたが 漠然と城址巡りするより テーマを決めた方が充実感があるかもです
甲斐武田氏ゆかりの城・居館 県内外にまだあります また次の機会に・・・


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